アロンは生きている雄やぎの頭に両手を置き、それの上で、イスラエルの子らのすべての咎とすべての背き、すなわちすべての罪を告白する。これらをその雄やぎの頭の上に載せ、係りの者の手でこれを荒野に追いやる。 (レビ記16:21)

 イスラエルの民のすべての罪を贖う「大贖罪日」があります。大贖罪日には、二匹の雄やぎが必要でした。くじを引いて、一匹は主への罪のきよめのささげ物として献げられ、もう一匹は「アザゼルの雄やぎ」と定められます。この雄やぎは民のすべての罪を負わされたのち、荒野へ追いやられました。

罪のきよめのささげ物となった雄やぎが、神様の御前で罪が赦されることを表しているとすれば、アザゼルの雄やぎは、民の罪が共同体から完全に取り除かれることを象徴しています。

私たちは、この大贖罪日のささげ物が、イエス・キリストの十字架の出来事によって成就したことを知っています。罪を負ったアザゼルの雄やぎのように、イエス様は私たちの罪を背負い、渇きの中で死なれました。イエス様の十字架によって、私たちの罪は取り除かれ、すっかり解決されたのです。シャローム。

今日のメッセージから考える信仰の問い

1.アザゼルの雄やぎが民の罪を負って荒野へ去って行ったように、イエス様が私の罪を遠くへ取り去ってくださったと信じるとき、今日どのような安らぎと自由を味わうことができるでしょうか?

2. 十字架によって罪がすっかり解決されたという恵みを握って、今日一日、どのような新しい一歩を希望をもって踏み出したいでしょうか?

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本文 出典:国民日報 “https://www.kmib.co.kr”

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