ヨイド純福音教会 説教 兄息子の不信仰(ルカの福音書15:25~30) 2024-11-07 ルカの福音書15章には失われた人を探す神様の愛を見せる放蕩息子の話が記録されています。私たちは普通、父の家から離れて財産を使い切った次男だけを放蕩息子だと思います。しかしその家にはお父さんの真の愛を悟ってないまま枯れて、形式的な人生を生きていた他の放蕩息子、即ち兄息子もいました。 1.他人を判断する人生 弟が父の財産を...
ヨイド純福音教会 説教 柴の人生(出エジプト記3:1~4) 2024-11-07 古代ギリシアには俳優たちが多様な感情を表す仮面をつけて演劇をしました。その仮面をペルソナと言いました。しかし演劇だけでなく、実際人生の中でも仮面を被って生きている人々がいます。イエス様を信じ聖霊様を迎え入れて生きるクリスチャンたちは、人本主義の仮面を脱ぎ捨てて、ただ神様の召しにしたがう人生を生きていかなければなりません...
ヨイド純福音教会 説教 イエスの焼き印(ガラテヤ人への手紙6:17-18) 2024-10-06 「虎は死して皮を残し、人は死して名を残す」という諺があります。人々は世を去る時、自分の名前が祝福された姿で語られ残されることを望みます。しかし私たちクリスチャンは、自分の名前と跡ではなく、イエスの美しい焼き印だけを残すため努力しなければなりません。今日の御言葉は、一生涯イエス様だけを誇り、イエスの焼き印を残してから天国...
ヨイド純福音教会 説教 起きなさい(マルコの福音書5:41~43) 2024-10-06 デンマークの宗教哲学者セーレン・キェルケゴールは、1849年「死に至る病」というタイトルの本を著述しました。この本は人間の「実存的な絶望」を扱います。すべての人はこの地で生まれ死に至るまで人生の絶望と戦いながら苦しむ存在です。このような絶望の問題は神様との出会いを通してこそ、祝福になれます。 1.絶望に置かれた人間 ...
ヨイド純福音教会 説教 全能の神がおまえを祝福し(創世記28:1~5) 2024-10-06 人生にある多くの問題の中で人間関係から来る葛藤は特に苦しく、家族の間の葛藤はそれよりもっと大きい傷を与えます。聖書は、イサクの双子であるヤコブとエサウが母のお腹から張り合ったと記録します。イサクが長男に祝福の祈りをしようとした瞬間、ヤコブは兄エサウの服を着て父を騙して長子の権利を奪い取りました。これにより兄弟間の葛藤が...
ヨイド純福音教会 説教 イエス様は彼らの信仰を見て(マルコの福音書2:1~5) 2024-09-15 信仰生活というのは、天国に至る日まで「信仰を持って」生きることです。私たちはイエス様を救い主として信じ救われ、約束の御言葉を信じ、守り行うことで成熟な信仰に至ります。さらにイエス様の中にある永遠のいのちに対する信仰と確信を通して、天国に入るようになります。このように信仰のすべての過程には信じる心が入っています。私たちは...
ヨイド純福音教会 説教 旅人である人生(へブル人への手紙11:13~14) 2024-09-10 「人生はどこから来て、どこに行くのか」。この世を生きる間誰をも思い浮かべる質問です。一生涯労苦して多くの事を得たとしても、それが人生の究極的な意味と方向に対する答えには至りません。世の富貴映画とすべての楽しみを享受したソロモン王は人生の最後の時「空の空、すべては空」(伝1:2)と告白しました。私たちの人生は手ぶらで来て...